金 の 鵞 鳥
初老の独り者、ジムの唯一の趣味。それは休日にモーターサイクルを駆る事だった。愛車は父親から譲り受
けた'60年式のボンネビル650。エンジンは彼自身の手でオーバーホールされ、走行距離は20万マイルを超
えていた。郊外のワインディングを流しながら至福の時を過ごしていたある日、ジムはふと思った。私が死
んだ後、このボンネビルはどうなるんだろうか。
立ち寄ったパブで、経営者の旧友エドは笑いながら言った。「軒下で朽ち果てるくらいなら、俺が乗ってや
るよ。」エドとは若い頃よくツーリングに行ったものだ。だが強力なコンバットエンジンを積んだノートン
コマンドには常に後塵を拝す立場だった。悔しかったのはエドの前を走れなかったからではない。手塩にか
けた大事なボンネビルを馬鹿にされたからだ。
元々丈夫ではなかったジムの体は、不向きな重労働の為に病んでいた。先がそう長くない事を悟ったジム
は、自宅のガレージでボンネビルにある細工をし始めた。私が死んだらお前は競売に掛けられ、狡猾なエド
が手に入れる事になるかも知れない。ろくに整備もしないあいつにぼろぼろにされるくらいなら、金ノコで
バラバラに切り刻んで捨てた方が遥かにマシさ。
ジムが勤務中の突然死で亡くなった。独り者の彼の決して豊かではない資産は競売に掛けられた。もちろん
愛車のボンネビルもだ。それをいち早く耳にしたエドは真っ先に落札してガレージのコレクションの一台に
加えた。ガソリンタンクを外すと、メインフレームに何か書いてある。「金の鵞鳥」エドは思った。ジムの
奴、何を訳分からないこと書いてやがるんだ。
ある雨上がりの午後、エドはボンネビルを走らせに出掛けて驚いた。何だ、これは!信じられない程にエン
ジンが軽く回るじゃないか!ジムの奴、一体どんなチューニングをしたんだ!牧草地の長い直線でエドは思
い切り速度を上げた。タコメーターの針が70を超えた時だ。クランクケースが恐ろしい唸りを挙げ、瞬く間
にエンジンはロック。エドの体が宙に浮いた。
人に売られた金の鵞鳥は、金の玉子を産みはしない。粗野で鈍感なエドには、それが分からなかった。
The End